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2012年1月12日星期四

川岛芳子在日本長野市豊野町浅野正見寺的镇魂之碑








川岛芳子镇魂之碑


     二十世纪女性史最大の栄光と悲剧を一身に波澜万丈の生涯を戦争と运命を遂げた=男装の丽人=川岛芳子女史が当寺に来访された事があります 女史は中国清王朝最后の粛亲王第十四王女として1907年北京で生まれた 本名は爱新覚罗顕? 五才の时辛亥革命で清朝が崩壊し亲王府一族も北京を脱出して旅顺の日本租界に亡命された 亲王府総理であった长野県出身の川岛浪速氏の养女となられ 东京の豊岛师范付属小学校を経て松本高等女学校に入学された                                                                                   その顷から诗作と乘马は抜群の才女でした 昭和初年顷黒姫の川岛山荘から饭山正受庵へ禅研究に访庵の途次 当寺を访ねられた 住职の三男教顺少年(长野中学校生徒)の弾くマンドリンの「月の砂漠」の旋律にひかれ几日か逗留された  

 父は清国亲王 母はモンゴル王女 养父は日本人 この结縁故アジア人のアジアのための平和をと活动するも 日本败戦により捕らわれの身となり一九四八年(昭和二十三年)三月二十五日北京で处刑されました 伤心几歳か有志相い计り四十五回忌を迎えるにあたり昭和史の一视点として仏縁による正见寺内に镇魂之碑を建立する所以である

 一九九二年十二月十日

正见寺第十七代住职 洼 智铠

建  立  委  员  长  新津 武


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